最終弁論要旨

http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2008/05/post_d6f6_6.htmlで見ました。魚拓とれないのでリンクと転載。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/news/20080517-OYT8T00109.htm
一般の医師が思ってることを、ほぼ余すことなく伝えていると思われます。やっぱり弁護士の友人が必要だな、と痛感。ツッコむとすれば、

 【まとめ】
 本件起訴が、産科だけでなく、わが国の医療界全体に大きな衝撃を与えたことは公知の事実である。産科医は減少し、病院の産科の診療科目の閉鎖、産科診療所の閉鎖は後を絶たず、産む場所を失った妊婦については、お産難民という言葉さえ生まれている実態がある。このような事態が生じたのは、わが国の臨床医学の医療水準に反する注意義務を医師である被告人に課したからにほかならない。

まあそうなんだけど、おかげで、かなりの数の一人医長の病院が閉鎖されて、救われた産科医師も少なくはないだろう。そういう点では、シニカルにはプラスの要素もあったわけだな。まあそういう書き方は出来ないだろうけど。

 主任弁護人の平岩敬一弁護士は公判後、「検察側は予見可能性、結果回避義務などの立証に失敗した」と述べた。一方、福島地検の村上満男次席検事は「一般の感覚から法律という最低ラインを逸脱しているかどうかが問題。証拠に照らして裁判所の公正な判断を希望する」とコメントした。

検事さんも大変だな。ま、一般の感覚から、「おかしい」と思うことをどんどん起訴して有罪にして頂けるのなら、我々の医療も、専門性を捨てて、一般の知識・目線でのみ行うということになっていきますけど、それでいいと言うならいくらでもそうできるのではないでしょうか。「医学的に頑張れば治るかも知れませんけど、一般的な感覚で言うと、完治する見込みは全く無いので治療しなくていいですか?」みたいなことになりかねないと。いや、もう一部ではそうなってるんでしょうな。そこらへんは、医師の良心を捨ててしまえば簡単なわけで、前にも書いたけど、手が後ろに回るくらいなら後ろ指さされる方がまだマシ、ということ。ここらへんは、今日のYosyan先生のエントリとちょっとかぶるところがあるかなと。
以下は記事。

被告の処置「標準的医療」
帝王切開死最終弁論
 1年4か月に及ぶ公判は、最初から最後まで、検察側と弁護側の全面対決で審理を終えた。16日に福島地裁で結審した、大熊町の県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性(当時29歳)が死亡した事件の公判。業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)の弁護側は最終弁論で、「起訴は誤り」などと5時間半にわたって無罪主張を展開。加藤被告の処置が「臨床における標準的な医療」と強調した。医療現場に衝撃を与えた事件の判決は8月20日に言い渡される。

 弁護団の席には、8人の弁護人が並び、時に語気を強めながら交代で153ページの弁論を読み上げた。3月に禁固1年、罰金10万円を求刑した検察側の論告後、「逐一反論する」としていた通りにした。

 女性は、出産後に子宮の収縮に伴って通常は自然にはがれる胎盤の一部が、子宮と癒着する特殊な疾患。加藤被告が手やクーパーと呼ばれる手術用ハサミを使って胎盤をはがした後、女性は大量出血で死亡した。検察側は「大量出血を回避するため、子宮摘出に移る義務があった」と主張し、処置の当否が最大の争点になっている。

 弁護側は最終弁論で、周産期医療の専門家2人の証言や医学書などを根拠に「胎盤のはく離を始めて途中で子宮の摘出に移った例は1例もない」と強調。「加藤被告の判断は臨床の医療水準にかなうもの。検察官の設定する注意義務は机上の空論」と批判した。

 手術中の出血量も争いになっている。胎盤のはく離が終了してから約5分後の総出血量について、検察側は「5000ミリ・リットルを超えていることは明らか」として、はく離との因果関係を指摘するが、弁護側は「そのような証拠はどこにもない」とし、大量出血の要因も手術中に別の疾患を発症した可能性を示唆した。

 弁護側は医師法違反罪でも「届け出をしなかったのは院長の判断」と主張。総括では「専門的な医療の施術の当否を問題にする裁判で、起訴に当たって専門家の意見を聞いておらず、医師の専門性を軽視している」と非難した。

 これまでの公判と同じようにグレーのスーツ姿の加藤被告は公判の最後に3分間、用意してきた紙を読み上げ、現在の心境を述べた。

 主任弁護人の平岩敬一弁護士は公判後、「検察側は予見可能性、結果回避義務などの立証に失敗した」と述べた。一方、福島地検の村上満男次席検事は「一般の感覚から法律という最低ラインを逸脱しているかどうかが問題。証拠に照らして裁判所の公正な判断を希望する」とコメントした。

<最終弁論要旨>

 県立大野病院事件の弁護側の最終弁論要旨は次の通り。

 【結論】

 被告人は業務上過失致死罪及び医師法違反の罪のいずれについても無罪である。

 【癒着の部位、程度】

 子宮前壁には癒着はなく、癒着部分は子宮後壁の一部で、面積としては10×9センチの範囲であった。その癒着の程度は、癒着胎盤のごく一部が嵌入(かんにゅう)胎盤であり、その深度は一番深いところでも概ね5分の1程度であった。

 【出血の部位、程度】

 本件患者は、子宮頸部や癒着部位の収縮が悪く、出血がなかなか収まらない弛緩出血であった可能性がある。胎盤剥離(はくり)で子宮筋層を傷つけ、大量出血したものではなく、無理な剥離や手術用ハサミによる剥離によって、大量出血したという立証もない。胎盤剥離中の出血は最大555ミリ・リットルに過ぎず、大量出血はなかった。

 【因果関係】

 胎盤の剥離行為と大量出血との間に因果関係が認められるとの検察官の主張には、大量の出血をもたらした要因として産科DICの発症が考えられる以上、疑問の余地がある。

 【予見可能性

 臨床の実践では、手で剥離を開始した場合、常に胎盤の剥離を完了する。そのため、被告人が手で剥離を始めた時点で癒着胎盤を認識することは本件においてはあり得ない。被告人が後壁部分の癒着を認識した時点、強度に癒着していたことを認識した時点でも、麻酔記録によれば胎盤剥離中の出血量は最大でも555ミリ・リットルにすぎず、特に出血量が増えていないため、剥離を持続することが適切であり、大量出血の予見可能性はない。

 【回避義務】

 被告人は、胎盤剥離後の子宮収縮や、その後の止血措置により、出血を止めることができると期待して、胎盤剥離を継続した。この判断は、臨床医学の実践での医療水準にかなうものである。被告人の術中の医療処置は、医療現場での医師の裁量として合理的であり、妥当かつ相当である。被告人に結果回避義務がなかったことは明らかというべきである。

 【供述調書の任意性】

 被告人は、2006年2月18日に逮捕され、21日間にわたり身柄拘束を受けた。取り調べは、逮捕拘留期間中、連日実施され、最大9時間弱に及んだ。起訴前の1週間については、7時間から9時間に及ぶ取り調べが継続的になされた。その調書は、捜査官が被告人に供述させたいと希望した事実を供述という名の下、供述調書という形式の書面にまとめたもので、任意性を欠く。しかも、捜査官は産科医療の基礎的な医学的知識を欠き、被告人が供述した内容とは考えられない客観的事実に反する供述を録取した。

 【医師法違反】

 本件患者の死体には客観的に異状が認められない。しかも、本件における被告人の医療行為には過失がないので、検察官が指摘する裁判例の基準、厚生省(当時)の「リスクマネジメントマニュアル作成指針」及び大野病院の「医療事故防止のための安全管理マニュアル」によっても、医師法21条の構成要件に該当しない。さらに、主観的に見ても、被告人には異状の認識がないので、「異状があると認めたとき」とする主観的構成要件または故意を欠いている。

 【まとめ】

 本件起訴が、産科だけでなく、わが国の医療界全体に大きな衝撃を与えたことは公知の事実である。産科医は減少し、病院の産科の診療科目の閉鎖、産科診療所の閉鎖は後を絶たず、産む場所を失った妊婦については、お産難民という言葉さえ生まれている実態がある。このような事態が生じたのは、わが国の臨床医学の医療水準に反する注意義務を医師である被告人に課したからにほかならない。産婦人科関係の教科書には、検察官の指摘するような胎盤剥離開始後に剥離を中止して子宮を摘出するという記述はない。また、本件で証拠となったすべての癒着胎盤の症例で、手で胎盤剥離を始めた場合には、胎盤剥離を完了していることが立証されている。本件患者が亡くなったことは重い事実ではあるが、被告人は、わが国の臨床医学の実践における医療水準に即して、可能な限りの医療を尽くしたのであるから、被告人を無罪とすることが法的正義にかなうというべきである。
(2008年5月17日 読売新聞)